小さな勇気 〜素直でいられたら〜

                                                           作:林田流香

 

            「もーいい!・・・・光佑なんか大嫌い!」

            「勝手にしろ!」

         車のドアを思いきり閉めると小雨のパラつく中歩き出した。

         光佑の車も私の横を何のためらいもなく通り過ぎていった。

         つきあいはじめて3年・・・・何度目のケンカだろう・・・・。

         たいしたことない言い合いなのにお互い素直になれなくて同じ事の繰り返し・・・・もう、気持ちにズレが

         あるのかな。

 

         “ガチャ”

         誰もいない真っ暗な部屋に入ると急に淋しくなる。

         一緒にいるときはつい強気なこと言っちゃうのに、勝手だよね。

         部屋の電気をつけて留守電のランプを見ると点滅は2回、慌てて用件を再生にする。

         2件ともメッセージはなし・・・・。

            「メッセージくらい入れといてよ・・・・」

         電話に文句を言ったってしょうがないのは分かってるんだけど、つい出た一言だった。

         何をしててもボッーとしちゃってベッドに横になる。

            『最低だよな』

         光佑の言った一言が重くのしかかってくる。

            「最低か・・・・」

         もしかしたら今までのケンカの中で一番キツイのかもしれない、眠れないまま朝を迎えるなんて・・・・。

            「行きたくないなー」

         カーテンを開けながらカレンダーを見ると赤い星印がついている。絶対に会社を休めない日だ。

            「こーゆー日に限って・・・・しょーがない行くか」

 

         会社にいても仕事が手につくはずもなく、休憩室のコーヒーメーカーの前で溜息をつく。

            「朝から何考えてんだ?」

            「あっ・・・・別に・・」

         声の主は光佑の親友、飲み友達の吉田さんだった。

            「いったい何人分のコーヒーを作る気なんだ?」

         コーヒーメーカーの中には大量の粉が入っていた。

            「光佑と何かあったのか?」

            「ん・・・・でも、たいしたことじゃないから大丈夫」

            「そっか。これさ、屋上の資料倉庫に持っていって欲しいんだけど、いいかな?」

            「あっ、はい」

         屋上の資料倉庫・・・・光佑のいる企画編集部の横の部屋だ・・・・。

         資料倉庫に荷物を置いて屋上にあがる。

         少し冷たい風が気持ちいい・・・・。

            「あやまろうかな・・・・」

         いつもケンカになるたびに後悔してるのに、自分からは何も言えなくて・・・・いっつも光佑から話して

         くれるのをまっているばっかり。

         屋上から建物に入ると企画編集部の部屋のドアが開くのが見えた。

         思わず足を止める。

            「・・・・光佑・・・・」

         まだ心の準備ができてないのに神様ってホントいじわる・・・・私に気がついた光佑がこっちに歩いてくる。

         どーしよ・・・・。

            「こんな所で何やってんだよ?」

            「しっ・・・・資料倉庫に用事があって・・・・」

         “早く、ごめんって言うのよ”もう一人の私が言ってる。

            「あ、私吉田さんに頼まれてた仕事残ってるの。急ぐから・・・・」

         わけのわからない言い訳して歩き出す。

            「おいっ」

         光佑の声に振り向かずに足を止める。

            「都合が悪くなると避けるクセどーにかしろよっ」

            「避けてないってば」

         走って階段を駆け下りる。

            「何で素直になれないのよ・・・・」

         思ったことも言えない自分に腹を立ててた。

 

         光佑と話さないまま3日が過ぎた。

         当然、光佑からの連絡があるわけでもなく、でもあたしからは怖くて電話できないままの抜け殻の3日間。

            「・・・・よしっ・・・・電話してみよ・・・・」

         受話器を取り、ゆっくりプッシュホンを押す。

            “ただいま留守にしています・・・・”

         聞こえてきたのは留守電を告げるテープの音。

            「・・・・何でいないのよ・・・・」

         そう言ってる間にもテープの後の発信音が聞こえてくる・・・・早くっ・・・・早く何か言わなきゃ・・・・。

            「あっ・・・・あの、遥です・・・・電話ください」

         たったこれだけのこと話すのに、心臓がもの凄いスピードで動いているのがわかる。

         あれから2時間・・・・時計の針ばっかり気になって何だか落ち着かない。

         その瞬間

 

         “pipipipi・・・”

 

         電話の音に受話器をそっと取る。

            「はい・・・・鏡です」

            『遥か?ごめんな遅くなって』

            「あっ、いいの私は大丈夫よ・・・・残業?」

            『いや・・・・ちょっと・・・・何?』

            「あの・・・・会って話がしたいの」

            『この間避けたの誰だよ』

            「違うのっ、避けたんじゃない・・・・」

            『悪いけど、切るよ』

 

         “ガチャ、ツーツーツー”

         最初は切られたことに“何でよ?”って思った。やっとの思いでかけたのに・・・・って。

         でも、光佑にしてみたら私からの『ごめん』って言葉を待ってたのかもしれない。

         ここまで突き放されなきゃ分からないなんて・・・・。

 

         次の日。

         カレンダーの数字と重なる大きな赤い星印に溜息をつくと、部屋を出た。

         門の前に立っている後ろ姿に足を止めた。

            「よっ、おはよう」

            「・・・・誰かと思った・・・・」

            「悪かったな、光佑じゃなくて」

            「そんなこと一言も言ってないのに・・・・」

            「いいのかよこのままで」

            「知らない・・・・光佑から聞いたの・・・・?」

            「あぁ、昨日一緒に飲んでたんだよ。ったく2人のケンカに俺の名前出すなよな」

            「えっ・・・・?」

            「資料底に頼んだ時、俺急いで帰って来いなんて言ってねーぞ」

            「だって」

            「おかげで、光佑のやつ誤解してたんだからな」

            「いいじゃないっ、そー思わせておけば・・・・だいたい、光佑だってねー」

            「ケンカの原因は何だったんだよ?」

         ケンカの原因・・・・それは光佑が持ってた一枚の写真からだった。

         先月突然『一人で神戸に行く』なんて言い出して

         結局一人旅してきた時の写真。

         一緒に写ってた綺麗な女の人のことも、一人で旅行した訳も全部はぐらかそうとするし・・・・。

         一緒に行くはずだった2週間後の旅行も『休みが取れない』なんて言い出すし・・・・。

         気がついたら私は光佑につっかかってた。

         理由なんて大したことじゃないのに、素直になれない分傷は深くなるばかり・・・・。

            「アイツ、転勤らしいぜ?」

            「転勤?」

            「しかも神戸って話だ」

            「じゃ・・・・」

            「神戸の旅行も事前調査かなんかじゃないかな。休みは転勤と重なってるから取れない・・・・って

             言いたかったんじゃないのか?」

            「じゃっ、女の人と写ってた写真は?!」

            「それを確かめるのは鏡の役目だろ?」

         会社の玄関前で足を止める。

            「光佑、ここにいるよ。今日はずっとこもってるってさ」

            「第三会議室」

            「きちんと話せるのはこれが最後のチャンスかもしれないぞ?」

            「最後・・・・?」

            「正式な転勤は2週間後らしいけど。来週末にはむこうに行くようなこと言ってた」

            「うん・・・・わかった」

         神戸に転勤なんて、何で何も相談してくれないのよ・・・・。あたし、嫌われちゃったのかな。

         第三会議室の前。

         “ガチャ”

         重たいドアを開けるとパソコンに向って仕事をしている光佑の姿が見える。

         声をかけようとした瞬間。

            「日向さん、資料のコピーこれで全部ですよ」

            「あ、ありがとう。本当助かったよ」

            「いいえ、でも日向さんいなくなったら、うちの部署は淋しくなりますね」

            「そうかな?逆に喜ぶ人多かったりして」

         2人の笑い声の中に入っていける勇気はなくてドアを閉めた。

 

        会社のすぐ近くの公園の噴水の前に腰を下ろす。

        一緒に仕事をしてたのは同じ部署の後輩、分かってても何か悔しい。

           「転勤か・・・・もーどこへでも行っちゃえばいいじゃないっ・・・・」

        どこにもぶつけようがなくて噴水の音でかき消されそうな小さな声で呟く。

           「本当にそう思ってんのか?」

        突然頭の上から声がふってきた。

           「光佑・・・・」

        私のベンチの横に腰をおろすと噴水をじっとみつめている光佑。

           「仕事・・・・いいの・・・・?」

           「殆ど片付いたからな」

           「そう・・・・良かったね。予定より早く片付いたんじゃない?」

        ベンチからたって背を向ける私。

           「そーだな、だいぶ早く片付いたよ」

        私の次の行動を試すみたいにつめたく言い放つ光佑。

           「私・・・・仕事に戻らなきゃ・・・・」

        たまらなくなって歩き出す。

           「まてよ、また逃げんのかよ」

        強い力で手を引っ張られる。

           「逃げてないっ!離してよっ!」

           「ったく・・・・勝手にしろ」

           「いっつもそう・・・・何で、おいてっちゃうの?!何で引き止めてくれないのよっ!・・・・全部一人で

            決めて、私には何も言ってくれないで・・・・どこへでも転勤しちゃえばいいじゃないっ・・・・光佑な

            んか・・・・あなたなんか大嫌いよっ!!!」

        光佑の力の入った手は暴れる私の体を抱きしめた。

        あふれる涙を隠したくて抵抗を続ける。

           「誰が1人で行くって言ったんだよ」

        振り払おうとしてた私の手が止まる。

           「全部決まるまで言わないつもりでいた・・・・」

           「・・・・どーゆー・・・・こと・・・・?」

           「この間の神戸は、挨拶に行ったんだよ。その帰りにアパートを探してきた・・・・。嫌なら無理にとは

            言わない。一緒に神戸に来てくれないか?」

           「・・・・光佑・・・・だったら・・・・それなら、何でもっと早く言ってくれなかったのよ・・・・」

           「言うつもりはあったよ、ケンカさえしなきゃな」

           「あの・・・・写真の女の人は・・・・?」

           「神戸に住んでる俺のイトコだよ。いろいろ案内してもらってた」

           「・・・・光佑・・・・」

        思わず光佑にしがみついてた。

        全部私の思い込みで光佑から逃げてたんだ・・・・。

           「・・・・ごめんなさい・・・・私・・・・」

        光佑の手がそっと私を抱き寄せる。

           「やっと言ったな。俺、今回だけはおれるつもりなかったから」

        ちょっと冷たい口調ながらも優しい瞳で見ている光佑の胸に今度は素直に飛び込んでいた。

           「・・・・光佑・・・・」

        噴水の水しぶきの音だけが聞こえてくるこの場所で、2人の時間が止まったみたいだった。

 

 

                                                   END

 


          あとがき&いいわけ

          もともとは、思いつきで出来た作品なのですが・・・・アフレコで使う機材【MTR】の試し録り

          の時に使ってみた小説。

          短編として使えるんじゃないか??という意見から台本化&作品化されたわけです。

          こんな作品でも台本化されちゃったりするんですね。

 

 

 

                                               

        

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