DESTACE

                                                by,ruka  

 

     『物理的な距離はどーにもなんねぇけど・・・俺はオメーの傍にいつだって居るんだぜ?』

  新一が厄介な事件に巻き込まれる度に、何度となく聞いてた言葉。

  あの頃は物理的な距離なんて埋めることできるのに・・・・なんて思いながらも、新一の帰りをずっと待ってたけど、

  でも・・・・今となったら、新一の気持ちもなんとなくわかるかな・・・・って思うのよね。

     「もぉちょっと早く片付くと思ったんだけど・・・・徹夜になる前に終わらせなきゃ」

  誰も居ないオフィスの中で画面に向かってキーボードの手を動かす。

  『無理です』って断れない性格が良くないのもわかってるんだけど、ついつい、断れず仕事を引き受けちゃったり

  してこのところ、残業続き。 意外と、新一よりも時間の融通が利かなくなってるのかな・・・・って感じだった。

  pipipi・・・・

  静かな部屋の中に鳴り響く携帯のメール音。

     「新一・・・・きっと、事件片付いたのね・・・・また、新一の方が先に終わっちゃったんだ・・・・」

  つぶやきながらメッセージを見る。   

     “今日も遅くなんのか?無理すんなよ?”

  ちょっと前まではあたしの方が送ってたメッセージなのに・・・・。

  最近じゃお互い忙しくなって、もぉ2週間近くメールか電話の声だけのやりとりなあたしたち。

  いつになったら、ゆっくり過ごせる時間ができるんだろう・・・・そんなこと思いながら、携帯のふたを閉じて、

  またパソコンのモニターに目を向ける。

  ホントは・・・・新一に会いたいって思う気持ちとすれ違う怖さとで、つい仕事やスケジュールを詰めてたりしてた

  んだけど、気がついたら結局合う時間すら取れなくなっちゃってるんだもん・・・・こんなんじゃいけないのはもちろん、

  わかってるんだけどね。

     「…無理すんな…か。お互い様なのに…」

  モニターの時計表示を見ると、日付が変わった1時過ぎ。

     「っと…早く終わらせなきゃ…また、遅くなっちゃう」

     「誰とお互い様…なのかな?」

  その声と同時に机に置かれた缶コーヒーの音でキーボードを打つ手を止めた。

     「あ…いえ…」

  その声の主は同じ部署であたしの先輩にあたる、岡田さんだった。

     「終わりそうか?」

     「あ、はい…あと少しです」

     「そういや、来週からゴールデンウィークだね。毛利さんは何か予定でもあるの?」

     「いえ、今のところは…」

     「じゃ、良かったら一緒にどう?芝居のチケットなんだけどさ、結構有名な役者そろってんだろ?

     何も予定ないんだったら………」

  机に置かれたチケットを見て、あたしの動きは止まった。

  “5月4日”…あたしったら、忙しさのあまり一番大事な日を忘れてたなんて…ダメよ、チケット返さなきゃ…

  チケットを返そうと手に持って見上げた瞬間、

     「じゃ、楽しみにしてっから、頑張れよ?」

     「えっ…あっ……あのっ!!」

  あたしの返事も聞かずに部屋を出て行く岡田さん。

  手に残されたチケットと部屋を後にする岡田さんの後姿に、ため息しか出なかった。

  ……どーしよ…断らなきゃ…

 

  次の日の帰り道、返せずにいたチケットを手帳に挟んだまま新一の家に向かう。

  2週間ぶりに会えて、嬉しいハズなのに…何だか気が重い。

     「一時はどーなることかと思ったんだけどな?まっ、俺の推理から逃れられる犯人はいねーってところだ

     ろーな……蘭?」

     「あっ…ごめんっ、えっと……なんだっけ?」

     「ひでー、俺の名推理の話聞いてなかったのかよ?」

     「だぁから、ごめんってばー」

  流石に考え事してた・・・なんて言えずにその場を取り繕って笑ってみるんだけど、あたしの反応に気づかない

  わけがないのよね・・・。

  手に持ったコーヒーカップを置いて、あたしをまっすぐ見る新一。

     「・・・何かあったのか?」

     「えっ・・・やっ、やぁだ。何にもないわよっ?」

  思わず目をそらすあたしから視線をそらさず、推理モードな表情になる新一。

     「・・・オメーが嘘ついててもお見通しなんだよ。・・・深くは聞かねぇけどよ・・・本当に大丈夫なんだろ−な?」

     「んっ・・・大丈夫、ちょっと会社で・・・あっ、仕事のことでね・・・疲れちゃってたっていうか・・・でも、新一の顔

     見たら元気になっちゃったし・・・」

     「ったく、ムリすんじゃねーぞ?」

  ちょっと、キツめだけどでもにっこり微笑ながらあたしを見る新一。

     「んっ・・・ありがと、大丈夫よ」

  そうは言ったものの・・・まっすぐに新一を見れないあたしの視線は、カレンダーにあった赤い丸印で止まった。

  5月4日についてる赤い丸印。

  5月4日・・・・新一が自分でつけたのかな。

  でも、今まで自分の誕生日を毎年忘れてる新一が、自分の誕生日に印つけてるなんて考えられない・・・

  それじゃ、あたし以外の誰か・・・?

  これだけ、会えない日が続いてる上に、あたしも新一も学生の頃とは違う社会人のつきあいだってあるんだもん・・

  ・・別の女性・・・・新一に居てもおかしくないのよね・・・・。

  あたしが、こうやって新一と会っていられるのは・・・・幼馴染・・・・だから?

  自分の気持ちが安定してないせいなのか・・・良くない想像ばっかりが頭の中をよぎっていく。

  聞いてみようかな・・・でも、もし新一じゃない誰かがつけたんだとしたら?

     「蘭?」

  カレンダーを見たままボッーとしてるあたしを不思議そうに見る新一。

     「ごめんっ、やっぱりあたし、今日は帰るね?」

     「待てよ」

  かばんを持ってソファから立ち上がるのと同時に手をつかまれて思わずカバンを落としてしまう。

  床に散らばるカバンの中身・・・手帳からはみでて見えてるチケットの紙片に気づいて、あわててしまったんだけど

  ・・・見られちゃったのかな・・・。

  そのまま玄関を出るあたしを、新一が追っかけてくることはなかった。

 

  結局チケットを返せるわけでもなく、新一と連絡を取れるわけでもなく・・・どっちつかずのまま、今日は3日。

  早く、断らなきゃ・・・新一が他の誰かと誕生日を過ごすとしても、4日だけはちゃんと新一に「おめでとう」って

  言いたいし・・・・

     「よしっ、今日は断るのよ」

  チケットを握り締め、岡田さんのデスクに向かう。

     「ごめんなさい・・・やっぱり、チケットお返ししますね?・・・この日だけはどーしても外せない大事な用事が

     あって・・・」

     「そっか、残念だな。この日だけは毛利さんと一緒に観たかったんだけどな」

     「ごめんなさい・・・・」

  そのまま、デスクにチケットを置くとそれ以上何も返されないように、席から離れた。

  何とか断ることはできたけど、新一とはあれっきりメールさえしてないまま・・・・新一からの着信はあったんだけど、

  何か取りそびれたまま連絡できなかったのよね・・・・。

  残業しながらも、集中すらできなくてため息ばっかり。

     「このままじゃ・・・ダメよね」

  仕事の手を止めて、携帯のボタンに手をかける。

  長いコール音の後に聞こえる留守電メッセージ。

  あたしは何も言えないまま、電話を切った。

     「お疲れさん、何だよ?ため息なんてついちゃって。彼と喧嘩でもしたとか?俺だったら絶対泣かすことなんて

     ないんだけどなぁ。探偵サンなんだろ?彼氏」

     「・・・新一のこと・・・知ってるんですか?」

     「まぁね。有名じゃん?新聞にも載ってたし・・・ま、それだけじゃないんだけどさ?」

     「・・・それだけじゃない・・・って?」

     「ひみつ。毛利さんが明日、俺とつきあってくれたら、教えてあげてもいいよ?」

     「・・・・そんな・・・」

  pipipi・・・

  あたしたちの会話をさえぎるかのように鳴り出す携帯。

  液晶ディスプレーに浮かび上がる『新一』の文字に慌てて通話ボタンを押す。

     「はい」

     『・・・わりぃ・・・今大丈夫か?』

     「んっ、ちょーど仕事終わったところだし・・・平気よ?」

     『そっか、今から会えねぇか?』

     「あたしも、連絡しなきゃって思ってたの・・・どこに行ったら会える?」

     『駅で待ってるよ』

  その瞬間だった。

     「あ、毛利さん。悪いけど、こっちの書類片付けてくんない?」

     「え・・・でも・・・」

     『蘭・・・会社に居ンだよな?』

     「あっ・・・・うん」

  そう返事をしたときには、既に切れた状態の携帯。

  岡田さんの声が聞こえた瞬間、新一の声のトーンが変わったことだけはわかったのよね・・・・やっぱりこの二人

  の間に何かあるってことなの・・・・?

     「今の、わざと・・・ですよね?・・・何のためにこんなこと・・・」

     「ん?君を彼に渡したくないから・・・かな?」

     「なっ・・・何言ってるんですかっ?!・・・あたし、新一のとこに行かなきゃ・・・」

     「彼の誕生日まで、あと2時間・・・って?なら、尚更行かせるわけにはいかないな」

     「岡田さん・・・・」

     「どうする?得意の空手で俺を倒して行くか?」

     「・・・そんな・・・・」

  意地悪そうに笑みを浮かべる岡田さん・・・・あたし、この笑顔どっかで見た覚えがある・・・・。どこだったんだ

  ろう・・・。前にもどっかで・・・・。

  “バタンッ”

     「ったく、こんなとこで再会するとは思わなかったぜ?岡田センパイ」

     「新一っ?!」

     「へぇ、電話の声だけで俺だとわかるなんて、流石名探偵と言われてるだけのことはあるな?」

     「バーロ、アンタには何度もヒヤヒヤさせられてっからな。ンな声、聞きゃ一発でわかんだよ」

     「・・・・何度も・・・・って、新一と岡田さんって・・・・知り合いなの・・・・?」

     「知り合いというか・・・・ま、ライバルってところかな?」

     「ライバルなんてはなっから思っちゃいねぇよ」

  少し苛立ってる様子の新一とそれを、面白そうに見てる岡田さん。

  あたし・・・・この光景見たことがある・・・・どこだっけ・・・・どこで見たんだっけ・・・・。

  

  二人のやりとりが続いてる横でぼぉーっと過去の記憶をたどってみる。

     『・・・・どーせ、幼馴染ってだけなんだろ?』

     『違うって言ったら手を引くのかよ?』

     『いや?俺に勝ったら認めてやってもいいけどな。一年坊主のお前が俺に叶うわけねぇからな?おとなしく

     諦めろって』

     『・・・・俺が勝ったら、先輩が手引くっつーことだよな?』

     『へぇ、俺にライバル宣言かよ?工藤』

     『・・・・はなっからライバルなんて思っちゃいねぇよ』

 

  ・・・あたし達が1年のときの3年の先輩・・・・岡田さん・・・・新一とずっと張り合ってたって噂の先輩だったんだ。

     「で?彼女を取り返しに来たようだけど、残念だな?まだ毛利さんを帰すわけにいかなくてね」

     「・・・・岡田・・・・さん?」

     「さっき、残業を頼んだところなんだよ。あと、数時間は帰れないんじゃないかな?」

     「・・・・ちょっと、困りますっ、あたし・・・・残業するなんて言ってないですよっ?」

  思わず、出た言葉・・・・。

     「・・・・そう、言ってるぜ?ったく、そんなに仕事したけりゃ、自分で片付けんだな。蘭帰るぞ」

     「あ・・・・うん」

  新一に手を引かれて会社の外まで出る。

  会社の外に止めてある新一の車までずっと無言のまま・・・・。

  助手席のドアを開けて

     「乗れよ」

  一言だけ言うと、車を走らせた。

 

  カーステレオから流れてくるラジオの音だけが妙に大きく聞こえる中・・・・あたしと新一は無言のまま・・・・。

     「新一・・・・?ごめんね・・・・ありがと・・・・」

  思わず耐え切れなくなってそれだけ言うと、新一のアクセルを踏む足がさらに強くなる。

     「・・・・何謝ってんだよ?」

     「・・・・えっ・・・・?」

  少し低めの声の新一の声に思わず新一を見る。

     「謝罪ってのはな、本当に悪ぃことをしてるときにするもンなんだよ。それとも何か?俺に負い目になるような

     ことでもしてンのかよ?」

     「ち・・・・違うわよっ・・・・そんなんじゃないけど・・・・何となく・・・・」

     「オメーは何となくで謝っちまうのかよ?ったく、どーせオメーのことだから、俺の電話取らなかったとか連絡して

     ねぇとかそんなんで言っちまうんだろーけどよ、ンなことで怒ってるわけねーだろ?今まで俺が長いこと待たせて

     たんだ。オメーを待つくらい何でもねーことなんだよ」

  海の見える海岸通りの駐車場でブレーキを踏む新一。

     「新一・・・・でも、さっきから・・イライラしてるじゃないっ・・・・あたしのせいなのかなって思うのが普通でしょ・・・?」

     「バーロ、俺が苛立ってンのはなー」

  新一が声を張り上げた瞬間だった。

 

  “ピッピッピッ ポーン”

 

  カーラジオの時報が4日になったことを告げる。

     「新一・・・・おめでとっ・・・・まさか最初に言えるなんて思わなかった・・・・」

     「・・・・ったく・・・・」

  微妙なタイミングの時報に、少し照れてる表情と続きが言えなかったもどかしさに、窓の外に目を逸らす新一。

     「・・・・さんきゅーな、蘭・・・・毎年オメーから言ってもらえんの、嬉しいんだぜ?」

  そういって微笑む新一にあたしの気持ちが落ち着いたのもつかの間・・・・。

     「・・・・けど、言いたいことあるんだったら、俺の態度伺ってねーで言って来いよ。あの夜、俺に言いたいこと

     あったんじゃねーのか?」

     「・・・・えっ・・・・あ、何でもないのよ・・・・ホントに」

  思わず、窓の外に目をやるあたしの腕を引く新一。

  バランスを崩して新一の方に倒れこむと新一の瞳が目の前であたしを見てる。

  近すぎる新一との距離に体が熱くなっていくのがわかる。

     「しっ・・・・新一っ?!」

     「いう気になったか?」

  にっこり意地悪そうに笑う新一。

     「ホントにたいしたことじゃないのよ・・・・新一の部屋のカレンダーの・・・・4日のマーク・・・・誰がつけたのかな

     ・・・・って思って。ホラっ、新一が誰かと約束してたら、誘うのも悪いかな・・・・って思ってたし・・・・」

     「バーロー、俺以外に誰が自分のカレンダーに印なんか付けンだよ?いつもは忘れちまってっけど、今回は・・・

     オメーを待つことになりそうだったからな、忘れねぇように付けてたんだよ」

     「もっ・・・・もぉ・・・・すっごい心配だったんだからっ・・・・誰か別の人が付けたんじゃないかって思って・・・・」

  目にたまる涙を隠すように下を向きながらつぶやいた瞬間、さっきとは違う優しい力であたしの腕を引きそっと抱き

  寄せてくれるあったかい手。

     「ったく、余計な心配してンじゃねぇーよ。オメー以外誰も俺のエリアに入れたりしねぇーから心配すんな、な?」

     「んっ・・・・」

     「それより、オメーこそいいのかよ?4日・・・・誰か別のやつと、芝居見に行くんだったんじゃねぇーの?」

     「・・・・やっぱり、わかってたの・・・・?」

     「バーロ、探偵をなめんじゃねーよ。相手は・・・・岡田か?」

     「ん・・・・ちゃんと、断ったから大丈夫よ?今日は、ちゃんと新一のために空けてたんだもんっ」

     「んじゃ、今日は帰さねぇから覚悟しろよ?」

     「あははっ、もちろん、望むところよ?」

  さっきまでの緊張から変わってやっと、笑顔が戻った、新一の車の中。

  何とか、ふたりっきりの誕生日を迎えられそうで・・・・良かった。

  お互いの誤解も、事件も解けたみたいだし・・・・ねっ。 Happy Birteday!!  新一。                                               

                                                          おしまい♪

 

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